Playback 日比谷音楽祭2023

Report レポート

「新しい音楽の循環」の種を蒔いた、フリーでボーダーレスな音楽祭
日比谷音楽祭2023 2日目(6/4)イベントレポート

日比谷公園を中心に開催される日比谷音楽祭は、2019年に始まり今年5年目・4回目の開催となる(2020年はコロナの影響により中止)。ライブやワークショップ、トークショーなど、あらゆるコンテンツが無料。そして新進気鋭のアーティストから大御所までが出演するライブは親子孫三世代で楽しめることも評判だ。コンセプトは「音楽の新しい循環をみんなでつくる、 フリーでボーダーレスな音楽祭」。“世代やジャンルや好みを超えてさまざまな音楽に出会える、誰に対しても開かれた場を作りたい”、“ 一人でも多くの人が音楽が持つ広がりと深さ、そして音楽の楽しみを知るきっかけになりたい”という思いがこめられているのだが、大規模な音楽イベントを参加費無料で運営するには当然ながらたくさんの莫大な資金が必要で、企業からの協賛金や助成金、個人の方からのクラウドファンディングといった支援が欠かせない。支援を集めるのも毎回簡単なことではないが、実行委員長の亀田誠治をはじめ「新しい音楽の循環をみんなでつくる、フリーでボーダーレスな音楽祭」を実現するのは、どうしてだろうか。2023年6月4日(日)日比谷音楽祭2023の2日目の様子を振り返りながら、そのテーマについて自分ごととして考えたい。

この日は二日前の台風が嘘みたいな真夏日となった。草木が茂る公園では青梅が実をつけ、親子や犬を連れた人が散歩している。そんな日曜の午前、「KADAN」ステージを彩ったのは「おお雨(おおはた雄一+坂本美雨)」の二人だ。「おはようございます!10時半に日比谷にいるみなさん、素晴らしい。ありがとうございます!」という坂本美雨の元気な挨拶から披露されたのは、Elvis Presley「Can't Help Falling in Love」のカバー。おおはた雄一の優しいギターと坂本美雨の伸びやかな歌声が風に乗って届く。続いて岡山で作ったというエピソードと共に「プラタナスの木の下で」、そして「おだやかな暮らし」を演奏する。坂本美雨は昨晩参加した『Hibiya Dream Session 1』で加藤登紀子と一緒に歌った時間を振り返り、「私も長く長く歌っていきたいなと改めて思いました。おおはたくんも、長くギター1本で歌ってきたね」と言うと、おおはた雄一は照れくさそうに「来年で20周年」だと明かす。結成17年目に入るという二人は寡作ながら、曲を大切に歌い継いでいるのが印象に残った。

そして坂本美雨の幼い頃の思い出の曲、映画『The Never Ending Story』からLimahl「Never Ending Story」のカバーを披露。幼少期からずっと音楽が近くにあった彼女なりの、子どもたちへのメッセージなのかもしれない。「よろこびあうことは」に続いて披露された「かぞくのうた」は日曜の朝、太陽の下で過ごす時間を選んだ人たちに柔らかく響いたに違いない。

さて、東京ミッドタウン日比谷「HIROBA」ステージのトップバッターはシンガーソングライター「ゆいにしお」。2022年のデビュー以来、アニメやドラマの主題歌を手がけるなど話題沸騰中の彼女が、バンドセットで登場した。20代半ば、周りが人生のステージを進めていく中で取り残された心情を歌った「mid-20s」に続けて一人でも強く突き進む人を応援するような「セルフハグ・ビッグラヴ」を披露すると、会場にいる女性の中には涙ぐむ人もいた。そして「会いたいな今夜」では艶っぽい一面も覗かせる。最後まで豊かな表現力で観客を魅了した彼女は、この後、日比谷公園大音楽堂「YAON」ステージの『Hibiya Dream Session 2』にも出演予定だ。

日比谷公園に戻ると、「KADAN」ステージではGOMA meets U-zhaanが独特な空気感を醸成していた。オーストラリアのアボリジニに伝承される管楽器・ディジュリドゥとインドの古典打楽器・タブラという、国も時代も超えたコラボレーション。魔法のようなリズムを取る片手と息遣いで刻むディジュリドゥのリズムに、タブラの音色は相性抜群。観客は静かに熱狂していき、自由に踊り始める。MCでGOMAが循環呼吸法を紹介すると、U-zhaanは打面に触れながら叩くことで高音を出すハーモニクスの奏法について紹介する。馴染みのない楽器の音色を聴くことができるのも、日比谷音楽祭の楽しみの一つだ。

そして「ONGAKUDO」ステージには関西大学軽音楽部で結成されたロックバンド「帝国喫茶」が初のアコースティック編成で登場。結成から3年弱で既に全国のイベントに引っ張りだこな彼らのファンであろう若い観客も目につく。「貴方日和」で恋に夢中な心情を歌ったかと思えば、「木綿のハンカチーフ」を思わせるメロディで始まる杉崎拓斗(Dr)による作詞作曲の「恋する惑星」では切ない恋を歌う。そしてThe Beatlesの「Hey Jude」に着想を得たのだろうか、今年リリースされたEPに収録されたバラードナンバー「and u」は年配の観客にも受け入れられていたようだ。ライブハウスやロックフェスに通わない人にも音楽を届けられるのは、活動を始めたばかりのバンドにとって貴重な機会だったに違いない。アクリ(Gt)は涙ぐみ、疋田耀(Ba)はこのステージをご褒美だと言う。その気持ちを表現するかのように杉浦祐輝(Vo / Gt)のアカペラで始まったのが「君が月」。そして最後は「普段あまり一緒に歌おうとか言わないんですけど、今日は助けてくれたら嬉しいな(杉浦)」という控えめな誘いで始まった「夜に叶えて」では、曲に合わせて手拍子が起こった。

さて、日比谷音楽祭は、親子で楽しめる参加型コンテンツが盛りだくさん。初日のイベントレポートで紹介したワークショップもそうだが、小音楽堂を出ると、何やら奥の方から賑やかな声がする。そう、公園の遊具があり普段から家族連れで賑わう草地広場の「ASOBI」エリアで「DJダイノジ」の「キッズディスコ」が始まろうとしていた!

みんな大好き「ジャンボリミッキー!」から始まり、ケロポンズ「エビカニクス」で身体も温まってきたところで、星野源「異世界混合大舞踏会(feat. おばけ)」に合わせて恐竜のお面をつけたダンサーが登場すると、クラウドファンディングのリターン企画として子どもたちにプレゼントされたタオルの出番だ。子どもたちは曲に合わせてタオルを回すという、ロックフェスでメジャーな音楽の楽しみ方を一つ覚えたようだ。そして、B’z 「ultra soul」 YOASOBI「アイドル」と誰もが知る曲から、映画『THE FIRST SLAM DUNK』の主題歌で大ヒットした10‐FEET「第ゼロ感」で盛り上がりは最高潮に!LiSA「紅蓮華」、Ado「新時代」とヒット曲が続き、大人も子どもも一緒に盛り上がる。音楽は世代を超えて共有できるということを再確認した時間だった。

また、日比谷公会堂前のにれのき広場では、楽器メーカーや販売店による楽器に触って体験できるブースが集結する「音楽マーケット」が賑わっていた。ギターやドラム、アコーディオンや管楽器、電子楽器にトイ楽器など、さまざまな楽器を弾く体験ができたり、楽器の絵付けや組み立てもできたり、即席でバンド体験ができるなど、子どもだけでなく大人も夢中になって楽しんでいる様子がとても印象的だ。

「YAON」ステージ(日比谷公園大音楽堂)で『Hibiya Dream Session 2』が開催されていたその時、前日は雨の影響で会場変更となった東京ミッドタウン日比谷6階のパークビューガーデン「KOTONOHA」ステージにGAKU-MCが登場していた。ステージの後ろはガラス張りで日比谷公園から皇居までが一望でき、風も吹いている気持ちのいい空間だ。芝生の上でゆったりと寛げる会場だったが、この時は超満員!お客さんとの巧みな音楽のコミュニケーションで会場をひとつにしていた。

エレベーターで降りると、東京ミッドタウン日比谷の1階アトリウムでは「piano! piano!」と称してピアニストが代わる代わる演奏にやってくる企画が用意されていた。世界三大ピアノのひとつと言われるベヒシュタインのグランドピアノで「西本裕矢」が演奏するショパンは、吹き抜けのアトリウムに美しく響き、買い物に来ていた人たちが思わず足を止める。ジャンルに垣根のない日比谷音楽祭では、普段はコンサートホールで披露されるようなクラシックまで、カジュアルに堪能できるのだ。

日比谷は元来ジャンルを超えて、芸術文化が根付いている街だ。関東大震災の復興のシンボルとなった日比谷公会堂、そして東京宝塚劇場、日比谷映画劇場から始まり、帝国劇場、シアタークリエなど演劇や映画の街として栄えた。そして日比谷公園の中には大小の音楽堂と日比谷公園図書文化館がある。ビジネスと芸術文化が共存する中に自然もあり、国際的にも、日本のエンタテインメントを発信していくポテンシャルを持った場所なのだ。

国境も越える日比谷音楽祭、「ONGAKUDO」ステージに登場したのは、日亜混合バンドの「GAIA CUATRO」。アメリカ、フランス、イタリア、日本とメンバー全員が違う国で生活しながら活動する彼らの演奏が国内で聴けるのは貴重!角のない柔らかいパーカッションにバイオリンとボーカルが重なり、ベースとピアノのリズムが心地よく饗宴を催す。背面が抜けたステージの奥に見える噴水から水が吹き出し、異国情緒を増幅していた。

その勢いのまま「KADAN」ステージのラストは、昨年に続き2回目の出演となる「民謡クルセイダーズ」が務める。得意の公開リハーサルで会場を巻き込み、これまで椅子に座っていた観客は何処へ、いつしかオールスタンディングとなっている。人々が自由気ままなダンスを踊り、新鮮な空気のもとで見えない炎が燃え盛るような熱いフロアは、まだ6月に入ったばかりにもかかわらず夏祭りの夜を思わせた。

「ONGAKUDO」ステージ、2日間の大トリは国内外を問わず人気を集めるインディーロックバンド「ROTH BART BARON」。中村佳穂がフィーチャリングした楽曲「月に吠える」に続いて「風が強いからこの曲をやります」と選ばれたのは「KAZE」。普段の曲作りから自然と共存できるサウンドを意識する三船雅也(Vo,Gt)の楽曲は、気候に合った選曲でより鮮やかに響いた。そして「赤と青 その手を繋いだなら どんな色だって つくれるはずなんだよ」と歌う「赤と青」は、ステージと客席が一つになってつくり上げた日比谷音楽祭をそのまま表しているかのようだった。BiSHのアイナ・ジ・エンドとのプロジェクト「A_o」で制作された「BLUE SOULS」、そして100年続く日比谷野音に捧げるように奏でられた「極彩 | I G L (S)」の歌詞に、音楽が鳴り続けることへの願いを重ねずにはいられない。

夕焼けとなった空を眺めるようにステージ上で寝転んだ三船は「東京のど真ん中でこの曲を流したくて、書いたんです」という、「けもののなまえ」を本編最後に選んだ。その場の生きとし生けるもの全てが耳を傾ける中、目に見えない力までをも呼び寄せるような幽玄な演奏に息をのむ。その余韻を引き継いだアンコールの「鳳と凰」では合唱が起こり、2日間に渡った日比谷音楽祭はYAONステージでの『Hibiya Dream Session3』へと最後のバトンを渡した。

音楽を楽しむのに、年齢や性別、国そして経済格差も関係なかった。閉じられた空間ではなく、公園という開放的な空間で奏でられた音楽が、それを肌で感じさせてくれた。自然の中で音楽が鳴っていることが嬉しいのは、元来、音楽が根源的な喜びだということの証明だろう。日比谷音楽祭の掲げるテーマ「新しい音楽の循環をみんなでつくる、フリーでボーダーレスな音楽祭」は、この2日間で、無料でこの音楽の素晴らしさを肌で感じた人たちの、これからの行動が支えていく。音楽に触れて、あなたは何を受け取っただろうか。その受け取ったものを、身の回りの誰かに伝えていくことが、「新しい音楽の循環」の第一歩となる。それこそが、芸術文化の集まる日比谷で、この誰にでも開かれた音楽祭が、年に一度開催されることの本懐だ。

文:柴田 真希(しばた まき)

1997年生まれ、西荻窪在住のフリーライター。インディペンデントなカルチャーを扱うWEBメディア『ANTENNA』の他、音楽業界情報サイト『Musicman』等で執筆。音楽フェスやライブハウス、そこで出会った素敵な人や音楽について幅広く取り扱う。twitter