Playback 日比谷音楽祭2024
Report レポート
これからも続いていく「新しい音楽の循環」
『日比谷音楽祭2024』イベントレポート
2024年6月8日(土)9日(日)、半袖も長袖も入り混じる晴天の東京・日比谷公園で、6年目となる日比谷音楽祭2024は開催された。実行委員長・亀田誠治が中心となって作られる同イベントのコンセプトは「音楽の新しい循環をみんなでつくる、 フリーでボーダーレスな音楽祭」。名だたるアーティストたちのライブが無料で聴けるだけではなく、さまざまな音楽体験やワークショップ、トークショーなども開催され、来場者や企業、スタッフ、アーティスト、みんなで作り上げている音楽祭だ。
日比谷で開催されるのには理由がある。日比谷は、帝国劇場や東京宝塚劇場、日生劇場、さらに映画館も立ち並び、かつては「エンタテインメント・シティ」と呼ばれたこともある、文化の街。そして日比谷公園は、120年以上の歴史を持ち、東京ドーム約4個分もの敷地面積を誇る日本初の洋風公園だ。樹齢100年以上のクスノキが茂り、公園内にはシンボルとなる「大噴水」、日比谷図書文化館やテニスコート、洋風レストランの松本楼、小音楽堂、そして通称「日比谷野音」と呼ばれる大音楽堂などがある。歩いていると姉妹公園の宮崎県立平和台公園から寄贈された“はにわ”像が唐突に出現したり、江戸時代の石橋がかけられていたり、文化的にも奥行きのある公園だ。亀田がニューヨークのセントラルパークで開催されているフリーフェス『サマーステージ』から着想を得た、この日比谷音楽祭にとって、国内でこれ以上の場所があるだろうか。
会場はこの日比谷公園をメインとして、サテライト会場の東京ミッドタウン日比谷、そしてU-NEXTでのオンライン生配信で日本全国に向けて開催された。今年は再生整備の工事中で使用できない「第二花壇」の代わりに、テニスコート横の「健康広場」に新たなステージが設けられ、同じく使用できない「にれの木広場」で展開していた音楽マーケットを公園内の東側に位置する洋式の「第一花壇」や園路に配置するなど、毎年来ている人にとっても新鮮なレイアウトとなっていた。さらにオンライン生配信はスペシャルMCとして8日(土)には、山崎怜奈と丸山隆平(SUPER EIGHT)、9日(日)には玉井詩織(ももいろクローバーZ)が登場して盛り上げるという、新しい試みも。例年チャレンジを続けている同イベント、ここでは2日間会場で心に残ったことをお伝えしたい。
“歌”は何よりも「フリーでボーダーレス」な音楽活動
ONGAKUDO(日比谷公園小音楽堂)初日は快晴の中、EXILE TETSUYAとゲスト・中務裕太(GENERATIONS)、Dream Amiによるダンスワークショップで始まった。公園の景観を感じられるように意識されたデザインのステージは「大噴水」や空を感じることができる。午後にHIROBA(東京ミッドタウン日比谷 日比谷ステップ広場)で開催された「ドリカムディスコ2024」といい、音楽に合わせて身体を動かす気持ちよさは、小学生の夏休みにラジオ体操で知ってから変わらない。
続いての企画は、公募で「歌ってみた」を投稿し選ばれた歌い手が順番に登場する「武亀セッションワークショップ」。MISIA“アイノカタチ”や荒井由実“ひこうき雲”などを1000名ほどの観客の前で歌う。武部聡志と亀田誠治の演奏で人前で歌うことの楽しさを体験できるのはもちろん魅力だが、気持ちよさそうに歌う姿を見ていると、自分も歌いたくなるのがこの企画のミソだ。歌は楽器がなくても誰でもできる、プリミティブな音楽体験。「フリーでボーダーレスな音楽祭」にぴったりの企画だ。
音楽の原体験は、何だった?
ASOBI(日比谷公園草地広場)で2日間ともトップバッターを担ったのは、自身も絵本作家であり、絵本の読み聞かせで全国を駆け回る「聞かせ屋。けいたろう」。ギターとヴァイオリンの伴奏に合わせて読み聞かせを始めると、集まっていた子どもたちはみんな大喜び。「『どうぶつしんちょうそくてい』知ってる人ー?」と聞くと「2才からしってる!」と元気な声が飛び出す。『ぴょーん』の読み聞かせでは、子どもたちが絵本の動物たちを真似して椅子から立ち上がり、ぴょーんと飛び跳ねる。大人たちも思わず笑顔だ。
そしてこのエリアの午後一番には、昨年に続いてDJダイノジ・大谷の選曲に合わせてタオルを振る「DJダイノジのキッズディスコ」が開催された。子どもたちに配られたタオルは、クラウドファンディングの支援者からプレゼントされたもの。粋な「音楽の循環」の仕掛けだ。他にもカラオケDAMで知られる(株)第一興商の協力の元で企画された「のびのび歌おう♪キッズファミリーカラオケ」など、子どもたちが楽しめる内容が盛りだくさんの「ASOBI」エリア。自分が音楽に最初に触れたのはいつだったか……なんて考えながら、幼稚園で鍵盤ハーモニカを演奏したこと、家族旅行のカラオケ、小さい頃車で流れていた曲を思い出した。ここでの時間も、子どもたちにとっての原体験となるに違いない。
「フリー」は「無料」なだけではない。もう一つの意味は?
お腹が空いたら、草地広場とHIDAMARIステージ(日比谷公園健康広場)周辺に並ぶ飲食店へ。フードディレクターの森枝幹が「音楽と食の調和によって生まれる新たな体験や喜びを感じてもらいたい」という想いでコーディネートしているフードエリアには、本格的な出店が並ぶ。筆者は2日間で「CRAZY PIZZA : LIFE」の薄い生地が嬉しいピザとクラフトビール、「STEREO」のチーズたっぷり香りも芳醇なフライドポテト、「ricocurry」のバターチキンカレーを堪能した。2日目、ピザを食べながらレジャーシートに座って聴く奇妙礼太郎は本当に、美味しかった……いや、素晴らしかった。音楽祭だからといって、音楽が主役でなくてもいいんだ!いや、もちろん音楽を楽しむけれど、新緑がもたらす日陰に寝転がると、四方八方から音楽や鳥の声、テニスボールをラケットで打つ音、そして遊具で遊ぶ子どもたちがはしゃぐ声も聴こえる。好きな人と一緒に美味しいお酒、食事を楽しめて、そこに音楽もある心地よさ。そうやって“自由”に楽しめるのが、「フリーでボーダーレス」の「フリー」なのではないか、と合点がいく。
ワークショップやプロに教わる体験会は大人気
お腹も心も満たされてOTONARIストリート(日比谷公園内 園路)を歩いていると、オカリナの絵付けワークショップが目に入る。(株)大塚楽器製作所が提供するこちらのブースでは、素焼きのオカリナに絵を描いて持ち帰ることができる。誰もが知っている合唱曲「BELIEVE」や「旅立ちの日に」をプロが演奏している横で体験できるので、自分も早く練習したい!と期待が膨らむ。他にも(株)鈴木楽器製作所が新しく作った楽器「マジックホイッスル」と「オムニコード」を開発者が自ら演奏していたり、(株)河合楽器製作所はまるで氷のような「クリスタルグランドピアノ」を展示していたり、それぞれの自信作を嬉々として発表している楽しい空気感につられて浮き足立った。
さて、導かれるように足を踏み入れたのは今年新たにオープンしたおんがくKADAN(日比谷公園第一花壇)。こちらも「OTONARIストリート」に続き、協賛企業の協力による、楽器体験やワークショップが楽しめるエリアだ。(株)ヤマハミュージックジャパンが企画した楽器体験イベントでは、当日飛び入りで参加したメンバーで、バンド演奏が繰り広げられる。未経験でも音を合わせられるのは、アニメーション映画『音楽』(2019年)でも描かれていたバンドの醍醐味だろう。初めは恥ずかしそうにしていた人も、徐々に夢中になっていく姿に通行人が思わず立ち止まる。
一際盛り上がりを見せていたのは、(株)山野楽器による3つの楽器体験ブース。「トイ楽器ランド」では、子どもたちがおもちゃ箱をひっくり返したような夢いっぱいのトイ楽器で遊ぶ。かと思えば、フルートやサックスを経験できる「管楽器体験」、そしてヴァイオリン、チェロ、ハープなどの憧れの楽器も経験できる「弦楽器体験」には大人が行列を作る。筆者もずっと触ってみたかったハープを体験させていただいたが、まず重さと弦の多さにびっくりした。童謡"きらきらぼし”の演奏がやっとできたところで体験終了。もっとやってみたい!
さらにMusication Village - MANABI/TAIKEN(日比谷図書文化館B1F大ホール・4F小ホール)では、14歳の世界的ドラマー・YOYOKAとベーシスト・たなしん(グッドモーニングアメリカ)による初心者向けドラムワークショップが開催されていた。昨年も大人気の企画で、たっぷり1時間半、レクチャーとQ&A、そして最後にはYOYOKA、たなしんも交えて3人でセッションできる。この日、ドラムにチャレンジしたのは、小学生男子と年配の男性、女性。ここは「ボーダーレス」な音楽祭、チャレンジに年齢は関係ない。幾つになっても初めての楽器に触れる体験は楽しいのだろう、演奏を終える頃は全員満面の笑みだった。
“音楽室にはない”楽器に出会う
ワークショップを終えて部屋から出ると、何やら図書館内に響く、涼しげな音。ガラス張りの日比谷図書文化館3F閲覧スペースから聴こえてくる。どうやら民族楽器・カリンバ奏者のBunの仕業だったらしい。癒しの音色に、図書館利用を目的で訪れた人も思わず耳を傾ける。そう、"音楽室になかった楽器”に出会えるのも日比谷音楽祭の特徴だ。このエリアでは、この日他にも箏、琵琶、尺八体験も行われていた。
一方「ONGAKUDO」ステージに奄美の「島唄」を響かせたのは、歌手の城 南海。一青窈が作詞し、武部聡志が作曲・編曲・プロデュースを手掛けた“兆し”をピアノとチェロとともに披露したかと思えば、“豊年節”では武部が奄美の太鼓「チヂン」を叩く。初めて聴いた奄美の島唄に、奄美の楽器。行ったことはないが、それでも奄美の海が見えるような気がするから不思議だ。
音楽は「ボーダーレス」、国境を越える
オフィス街でもある日比谷。KOTONOHA(東京ミッドタウン日比谷6Fパークビューガーデン)からは、日比谷公園やお濠に囲まれた皇居、竹芝ふ頭まで一帯が見渡せる。この絶景ステージに初日登場したのは、ウクレレ奏者のrena。風が柔らかく吹く屋外で、落ち着いた音に耳を傾ける。「今、ウクレレは日本とかハワイだけじゃなくて、世界的に人気なんです!」と話しながら曲ごとにウクレレを持ち替えて演奏してくれるので、“マホガニー”のウクレレが柔らかく落ち着いた音だという発見があった。
更なる未知の音楽を求めて向かったHIROBA(東京ミッドタウン日比谷 日比谷ステップ広場)には、シンガーソングライターとしての活動のみならず、サウンドプロデュース、CMへの楽曲提供、リミックスなど多岐に渡って活躍するMaika Loubtéが登場。DJとの2人セットでミニマルなダンスミュージックを奏で観客の視線を集めたところで「みんなが歌える曲、やります!」と言って披露したのは、井上陽水作詞、奥田民生作曲の名曲“アジアの純真”(PUFFY)。意外な選曲に、ビルの間から歓声が上がる。世界で評価されたJ-Popの選曲とMaikaが日本・パリ・香港の3都市にルーツを持つこと、そして「今、偶然この手の中にある平和を抱きしめてこの時間を楽しみましょう」というMCから、国境も超えてボーダーレスに広がっていく音楽に込められた希望を受け取った。
「ボーダーレス」のタネをもらったら、育てるのはそれぞれの仕事
日比谷音楽祭が目指す「ボーダーレス」は、あらゆる「ボーダー」を越えようとする。今年新しくできたステージHIDAMARI(日比谷公園 健康広場)に登場したUKULELE GYPSY(キヨサク from MONGOL800)は、“小さな恋のうた”(MONGOL800)で立教大学手話サークルHand Shapeの“手話うた”とコラボレーション。この“手話うた”は、これまでも日比谷音楽祭のステージで毎年取り入れられており、歌詞が可視化されるだけなく、曲の雰囲気やリズム、メロディー、抑揚といったライブの醍醐味を受け取ることができる。
「ボーダーレス」への取り組みは、他にもある。たとえばホームページには「見る」ことが困難な人に向けた読み上げ機能がついていたり、「Music for Children - 未来を担う子どもたちに音楽を!」ということで、都内の児童福祉施設で暮らす子どもたちをYAONステージ(日比谷公園大音楽堂)のライブに招待している。こういった取り組みに触れて「自分はどんな行動ができるだろう」と考える人が少しでも増え、「ボーダーレス」が特別ではなく、当然となる未来に近づいていくのだろう。
受け取った対価を還元する。お金だけじゃないけれど、お金は一つの重要な方法
「HIDAMARI」ステージ初日のラストには、Ovallのメンバーでもある関口シンゴがソロで登場した。心地よいギタープレイと歌声が丘の上の観客まで届き、「自由の鐘」を鳴らしそうだ。
驚いたのは、関口シンゴのライブが終わった後の「新しい音楽の循環(アーティストグッズ販売)」ブース。CDを買うとサインをもらえるということで、草地広場の出口ギリギリまで長蛇の列ができていた。ステージを無料で見た後、アーティストに直接気持ちを伝え、CDを買う。CDの売り上げはアーティストの今後の音楽活動の資金となり、また新しい音楽が生まれる。小さくも確実に循環していることが感じられる、なんと誠実な営みだろう。
そう、この日比谷音楽祭は企業協賛、文化事業を推進する行政からの助成金、そしてクラウドファンディングの3つの柱を資金源とし運営されている。各ステージの出口には“支援箱”を持ったスタッフが立っているので、一口1,000円から支援をすることができ、「亀田ブレンドGOLD60」というオリジナルのドリップコーヒーがもらえる。このパッケージについているQRコードからクラウドファンディング支援者限定オンラインイベントに参加できるというので、帰宅後のコーヒータイムとともに来年の開催まで余韻が続いていくという素敵な試みだ。筆者は翌朝コーヒーを飲みながら、日比谷音楽祭で出会ったかもめ児童合唱団の曲を聴いて過ごした。「循環」は非日常のイベントだけでは成り立たない。非日常を日常に紡ぐための仕掛けが随所に散りばめられているのだ。
会場のクラウドファンディングブースにはオークション形式で支援につながる「アーティストサイン入りマイク展示会&オークション」など、見るだけで楽しいコーナーも。クラウドファンディングは、もちろんWEBからも支援可能で、「レコーディングスタジオ見学ツアー」や「ドラムワークショップ」「初心者ギタリストセット」など、音楽にまつわるユニークなリターンも並ぶので、音楽祭を楽しんだ人は終了後でもチェックしてほしい。(7月3日23:00まで 詳細はコチラ から)
音楽が届くまでには、そのアーティストが初めて音楽に触れた経験があり、触った楽器があり、作品制作に関わったミュージシャンやスタッフがいて、コンサートを運営するスタッフがいる。そして生まれた音楽を聴いた人や人が所属する企業が、お金を払うことで、また音楽が生まれたり、あるいは自分も演奏してみようと思うきっかけにもなる。
いつ終わるか分からない人生を、豊かにするために
初日のONGAKUDOトリを飾ったTOSHI-LOWは「街中で音楽聴こえたほうがいいじゃん。今すごいじゃん、保育園がうるさいとか、どこでも規制ばっかり。どんどん息苦しい世の中になっていく中で、できれば音楽を聴いたり絵を見たり楽しい話をしたり、そういうことをして毎日を豊かにできたほうがいい。なぜなら人生の終わりは分からないから。震災でわかったでしょう。あの時、あの瞬間に物語が終わる人たちがいるわけだから。自分がその立場だったら、どうだっただろう、そういうことを考えるのが文化だと思うのね」と語った。そしてOAUの“帰り道”が夕暮れの日比谷公園に響き渡り、優しさの種が日比谷公園一帯に蒔かれた。
音楽が楽しいのはなぜか。それは、音を出すことが原始的な体験に近いからかもしれない。歌に共感するからかもしれない。風に乗って聴こえる音が心地よいからかもしれない。普段耳にすることが多いポピュラーな音楽だけではなく、数日前に生まれたマジックホイッスルのような新しい楽器から日本の伝統音楽、ピアノのようなクラシックな楽器までが一同に会する音楽祭でいろんな音楽に直接触れることで、心が震えるタイミングはきっと人それぞれだ。差異が生むものは争いや差別ではなく、お互いを尊重し合える豊かな文化であってほしい。YAON(日比谷公園大音楽堂/ 野音)で開催された『Hibiya Dream Session』で新妻聖子とKREVA、あるいは小田和正とSIRUPが同じステージに立っていた。そういった世代もジャンルも超えた音楽の交流が、個人の好きが細分化している今こそ必要だ。
今年初めて、日比谷音楽祭はアフターイベント『日比谷音楽祭 2024 HIROBA MUSIC WEEKEND』が開催された。HIROBAステージを残して2週にわたって行われる、無料の音楽ライブだ。挑戦を続ける日比谷音楽祭は、まだまだ終わらない。
文:柴田 真希(しばた まき)