Playback 日比谷音楽祭2025

Report レポート

変化しながら続いていく、
続いていくから意味がある
『日比谷音楽祭2025』イベントレポート

日比谷音楽祭2025の終演のお知らせとともに発表された、日比谷音楽祭2026の開催決定。そのさりげない発表に込められたメッセージは、これからもこの「音楽の新しい循環をみんなでつくる、 フリーでボーダーレスな音楽祭」は続いていく、ということだった。

2025年5月31日(土)、6月1日(日)の2日間、7年目となる日比谷音楽祭が開催された。そのいくつかあるステージのひとつである日比谷公園大音楽堂(野音)が、来年の開催期間には再整備工事に入るという。つまり改修前最後の野音を中心とした日比谷公園、そしてサテライト会場の東京ミッドタウン日比谷、さらにU-NEXTでのオンライン生配信で開催された日比谷音楽祭2025。実行委員長・亀田誠治が中心となって作られる同イベントの様子を伝えていきたい。

参加ハードルが限りなく低い
みんなで作り上げている音楽祭

この日比谷音楽祭は、なんと言っても無料で開催されるのが特徴だ。入場や参加にお金はかからず、親子孫3世代が楽しめる。一人でも多くの人にその素晴らしい体験を届けるため、企業からの協賛金、クラウドファンディングと寄付による個人からの支援金、そして行政の助成金という3本柱で運営されている。公園という誰もが自由に訪れることができる場所で開催されていること、入場無料であること、これらによって日本で一番参加のハードルが低い音楽イベントの一つと言えるだろう。

その中で、名だたるアーティストたちのライブが無料で聴けるだけではなく、さまざまな音楽体験やワークショップ、トークショーなども開催され、来場者や企業、スタッフ、アーティスト、みんなで作り上げている音楽祭は、まるで地域のお祭りのよう。5月31日(土)午前10時半、小雨にもかかわらず、レインコートを着て亀田誠治実行委員長の開会宣言を聞きにONIWAステージ(日比谷公園 芝庭広場)に集まった多くの人が、その熱量を示していた。

プロと演奏する気持ちよさを体験できる
「武亀セッションワークショップ」

さて、その場所で開会宣言からシームレスに始まったのが、日比谷音楽祭の恒例企画のひとつ「武亀セッションワークショップ〜一緒に歌ってみませんか?〜」。日本の音楽界を牽引してきた音楽プロデューサーでもある亀田と、そのさらに師匠である武部聡志による特別企画で、今年は歌手の一青窈がゲスト参加。一般から募集し、選ばれた6名の歌い手が、プロの演奏家と一緒に演奏する楽しさを体験できる人気ワークショップだ。

歌われた曲は、荒井由実の「やさしさに包まれたなら」や一青窈「もらい泣き」、MISIA「アイノカタチ」など、亀田・武部ゆかりの楽曲。亀田が「外で歌ってみてどうだった?」と聞くと、参加者の“ちむ”さんは「気持ちよかったです」と応える。それを聞いて思い出したのは、小学校の時、校庭で歌ったことだ。思えば外で歌う機会は、普段の生活ではなかなか訪れない。野音で歌うアーティストはどんな気分なのだろうかと、憧れが強まる。

「フリーでボーダーレス」について考える

さて、傘をさして歩く日比谷公園もまた気持ちが良い。後ろを振り返ると、立ち並ぶキッチンカーの中にクレープを発見。宮城県石巻出身のfuwariさんは、おばあちゃんの丁寧な手仕事から感銘を受けて、クレープ屋さんを始めたという。この季節にしては少し肌寒い中、温かいクレープと甘さが嬉しい。

OTONARIストリート(日比谷公園 園路)を歩いていると、ASOBI(日比谷公園 草地広場)が見えてきた。ここには日比谷音楽祭を支える協賛企業のブースや、フード出店が並ぶ。すると雨の中で元気よく「お野菜いかがですか〜」と声をかけているテントが。障がい者支援をする「障⇔障継承プログラム」の一貫で、福農連携野菜を販売しているらしい。トートバックにたくさんの野菜とお花が詰まっているものを購入したが、この野菜が新鮮で美味しく、毎年密かに楽しみにしている。「フリーでボーダーレス」を掲げる日比谷音楽祭のコンセプトは、こういったところでも感じられて嬉しくなる。

本と音楽は、意外と近い距離

そして顔を上げると目に入ったのが、シャレが効いたネーミングのブース「日比谷“本”楽祭」。明治9年から出版業界を支えてきた大日本印刷の協賛ブースで、音楽にまつわる本がたくさん置かれている。そこに懐かしい本が!小学生の頃夢中になっていた、工藤直子の詩が入った『のはらうた』の絵本版、『のはらうた絵本』だ。そう、声に出して本を読んでいたことは、歌を歌うのに近い楽しさだったかもしれない。

そんなことを思い出していると、なんと実行委員長・亀田誠治が傘をさしてやってきた。亀田が選書した絵本版の『モモ』について楽しく語り、本棚にサインをする。亀田はこうして時間を見つけては会場内を回っているらしい。

本と音楽にまつわる企画が他にもある。日比谷公園内にある日比谷図書文化館には、「本と音楽と」題して日比谷音楽祭ゆかりのアーティストが選書した本が展示されている。2021年から実施されている企画だが、今年の出演アーティストの選書も加わっていた。5月31日(土)に出演するバンド・Homecomingsの福富優樹はスチュアート・ダイベック著『シカゴ育ち』に収録された短編、「ペットミルク」で鳴っている音楽を作りたい、と思って『SALE OF BROKEN DREAMS』を制作したらしい。つい気になってその場で読み終えてしまった。背景を知ると、より音楽への解像度が高まるから、この後のライブが楽しみになる。

珍しい楽器に触れる / 聴くチャンス!

日比谷図書文化館の中では、リュート奏者である永田斉子によるライブラリーコンサートも開催されていた。初めて聴くリュートの音色はまろやかで、とても耳馴染みが良い。世代を問わず、多くの人がその音色に導かれて集まっていた。こうしてあまり馴染みのない楽器に出会えるのも、日比谷音楽祭の特徴だ。そのほか、館内でのワークショップでは、実際に電子ドラムや和楽器(筝、琵琶、尺八)、DJ機材などを触ることもできた。

HIDAMARI(日比谷公園 健康広場)に向かうと、 NHK Eテレの番組『ピタゴラスイッチ』のオープニングテーマでお馴染みの栗コーダーカルテットの演奏を目当てに、大人も子どもも集まっている。このテーマ曲が生まれてから、もうかれこれ15年は経っていると知って驚く。リコーダーはもちろん、ウクレレや鍵盤ハーモニカなどいろんな楽器を持ち替えながらメンバー4人が演奏する姿は、大道芸のようでかっこいい。映画『ジョーズ』(1975年)やアニメ『鉄腕アトム』(1963年)のテーマ曲も聴いたことがあると思ったら、家のお風呂が沸く時の音だった! 音楽は意外と身近なところに存在しているものだと気付かされる。

森枝幹シェフ監修のフード

さて、お腹が空いてきた。出店のラインナップを眺めると、さすがは日比谷音楽祭と言わざるをえない。
日比谷公園内のHIDAMARI(健康広場)、ASOBI (草地広場)、OTONARIストリート(園路)、ONIWA (芝庭広場)、にれのき広場には、オフィシャルフードディレクターの森枝幹シェフが監修したピクニックフードのお店が並ぶ。通常フェスに出店しないような有名店が森枝さんによる声がけで出店しているという。きっとどれを食べても美味しいのだろうと悩んだ末、こだわりのホットドッグを楽しむ。

そうすると、どこからともなく聴き馴染みのある楽曲が聴こえる。思い出した、Mrs. GREEN APPLEの「ライラック」だ!見ると、ASOBI(草地広場)のミニステージで「キッズファミリーカラオケ」が始まったところらしい。歌う子どもたちも、見ている大人たちも、全力で楽しんでいる。歌う前は緊張している面持ちの子も、2番を歌う頃には伸び伸びとしているではないか。歌うと心が開かれるのはなぜだろう。考えてみれば、上司や取引先とカラオケに行く慣習もあり、音楽はコミュニケーションを円滑にもしてくれていたと気がつく。

あのドラマ主題歌を聴きたい!

カラオケでよく小さい頃に歌っていた曲といえば、TVドラマの主題歌だ。夢中になっていたドラマの主題歌は繰り返し歌っていたから、今でも歌詞がよく思い出せる。2023年に放送されたドラマ『星降る夜に』の主題歌「星月夜」を歌っていたシンガーソングライター・由薫がサテライト会場の東京ミッドタウン日比谷のHIROBA(日比谷ステップ広場)に出演するということで向かうと、小雨にもかかわらず、階段まで多くの人が集まっていた。無料イベントだからこそ、こうやって気になっていたアーティストの演奏を気軽に聴きに行けるのは嬉しい。

伸び伸びと力強い歌声で自身の「Crystals」「sugar」に続けて披露したのは、幼少期をアメリカ・スイスで過ごしたという由薫がよく聴いていたカーペンターズの「Close To You」。後で原曲も聴いてみよう、とメモする。ライブを観て聴いた曲を、その後サブスクですぐに聴けるのは今の時代の恩恵だと思う。「最後に私からとびっきりの愛の歌を!」と「星月夜」も披露され、まだまだ聴きたい思いから、今度予定されているという弾き語りツアーの予定もついついメモする。好きなアーティストが増えて、嬉しい。

裏方の存在が、この日は見える

5月31日(土)は雨風の影響で、KOTONOHA(東京ミッドタウン日比谷 6F パークビューガーデン)が中止に。その代わり、そこに出演予定だったアーティストはHIROBA(日比谷ステップ広場)に集約されていた。急な変更にもかかわらず、日比谷音楽祭2025公式アプリではすでに反映されていて、お客さんが迷うこともない、細やかでプロフェッショナルな仕事を垣間見る。

日比谷音楽祭は、「音楽文化が育まれる新しい音楽の循環」が生まれることを目指している。そのために忘れてはいけない軸のひとつが、「音楽関係者」だ。音楽を人々に届けるのには、スタッフも大切な存在だ。日比谷図書文化館では、「音楽業界のススメ」と題したトークショー企画も開催されており、昨年はアーティストマネージャーというお仕事にスポットを当てていたが、今年は音楽ディレクターにスポットを当てていた。普段は表に出ないスタッフの役割にスポットが当たることで、日本の音楽業界の未来に不可欠な出会いが生まる場としても大切にしたいプログラムだ。

立教大学手話サークル
Hand Shapeとのコラボ

気がつくと雨が止んでいた。Kan Sano (Band Set)のピアノが響き渡る公園でタコスをつまみながら、HIDAMARI(日比谷公園 健康広場)のD.W.ニコルズを見に向かう。「はるのうた」を聴きながら、この曲のために雨が止んだのでは、と思わず錯覚するほどの天気をも巻き込むパワーに包まれた。そしてここで、日比谷音楽祭恒例のスペシャルコラボレーション。亀田がプロデュースを務めた楽曲「LIFE」では、立教大学手話サークル Hand ShapeのメンバーがD.W.ニコルズのステージに上がり、手話で歌詞を表現する「手話うた」を披露する。

最後に披露された「スマイル」の歌詞〈グッドラックの神様ってのは / スマイルをみつけて宿るの〉を口ずさみながら、そういえば、日比谷音楽祭のXで、出演者直筆の「笑福マーク(ニコちゃん)」が投稿されていたことを思い出した。調べてみると、どうやらクラウドファンディングのリターンに、「笑福クリアファイル」があるらしい。これはアーティストが思い思いに描いた「笑福マーク」がコラージュプリントされたデザインのクリアファイルだ。こういった形で出演アーティストもクラウドファンディングに参加しているのが、日比谷音楽祭らしい。

音楽を“撮る”という新しい関わり方
—— 子どもカメラマンが捉えたステージの魅力

日比谷音楽祭では、演奏する・聴く・触れるだけではなく、“撮る”という新しい音楽の関わり方も提案されている。34年目となる、プロのアーティストのライブを子どもたちが映像カメラマンとして撮影するワークショップも毎年人気のコンテンツ。カメラを触ったことがない子どもたちでも、「音楽が好き」という気持ちだけで参加できる、あたたかな取り組みだ。

6月1日(日)、子どもたちがカメラを構えたのは、シンガーソングライター・眉村ちあきのライブステージ。事前ワークショップではプロの撮影スタッフからライブカメラの操作や構図についてレクチャーを受け、眉村と一緒に撮影プランを考えるなど、本格的な演出の一翼を担う。実際の映像は、その日のライブ配信に“撮って出し”で使用され、子どもたちが撮った映像が、多くの人に届くことになる。

「映像という形で音楽の魅力を伝える」という体験は、子どもたちにとって新鮮で、また音楽との距離をぐっと近づけるものだった。音楽にはいろんな関わり方があるということを、日比谷音楽祭があらためて教えてくれる時間だった。

クラウドファンディングは6月25日まで
終演後も参加することのできるひとつの方法

日比谷音楽祭のクラウドファンディングのリターンは、なかなかユニークだ。亀田誠治と10分のオンラインMEET&GREETができたり、子ども用防音イヤーマフがあったり、世界に一つだけのレコードが作れるトイ・レコードメーカーがあったり、支援を通じて音楽をより楽しむ手がかりになるリターンがたくさん用意されている。

また、ネットでの支援だけでなく、会場でも支援を呼びかけている。昨年からOTONARIストリートに設置されていたクラウドファンディングブースに加えて、今年は、にれのき広場にもクラウドファンディングブースが新設された。このブースで来場者に声をかけていたのは、なんとクラウドファンディングの支援として「CF(クラウドファンディング)ブーススタッフ体験コース」に申し込んだ支援者の皆さん。自らが支援をしながら、運営側としても関わる。まさに「みんなでつくる音楽祭」という理念を体現した光景だった。

現地では、一口1,000円から気軽に支援できる支援箱が用意されており、特別な手続きは不要。先着で、亀田誠治実行委員長のオリジナルブレンド「日比谷音楽祭2025オリジナルコーヒー亀田BLEND GOLD(ドリップパック)」がプレゼントされるという特典も用意されており、支えることで、音楽とつながる。その喜びを、来場者ひとりひとりが体験しているようだった。

クラウドファンディングは、日比谷音楽祭の運営資金を募るため、6月25日(水)23時まで支援を受け付けている。9月に野音で開催される打ち上げトークイベントに参加できる権利など、新しいリターンが追加されていて、サイトを見るだけでもワクワクが続いていくので覗いておきたい。

音楽室になかった楽器に触れる機会

おんがくKADAN(日比谷公園 第一花壇)で行われる音楽マーケットも毎年賑わっている。様々な楽器メーカーが、実際に楽器に触れられる体験ブースや、紹介するブースを構えている。音楽室になかった楽器に触れる機会は、珍しい。さっきまでステージで見ていたアーティストが使っていた楽器を触ることができたなら、その体験は強く記憶に残るだろう。

日が落ちてきた。夕暮れのHomecomingsはアコースティックの特別編成で、この日のために準備してきたのだろう。野外の風に植物が揺れる音、虫や鳥の声、それらと一緒に奏でているような優しい演奏だった。音楽は人間が生み出した素敵な芸術でもあり、人間だけのものでもないのかもしれない。

音楽とともにある2日間
日比谷で芽吹いた、
音楽の種と笑顔の循環

気がつけば、音楽とともに一日を公園で過ごしていた。幼少期、日が暮れるまで公園で遊んだ時みたいに、時間が経つのを忘れるくらい、夢中になれたということだろう。音楽は演奏するのも、聴くのも、裏方としてサポートするのも、いろんな関わり方があるということを再認識した。そのどれが自分に合っているだろう、と自然に考えてしまう仕掛けが、たくさん散りばめられている日比谷音楽祭。この場所で植えられた / 植えた音楽の種が、これから先、予期せず芽吹き、また来年に花を咲かせる。それが日比谷音楽祭が目指す、「音楽の新しい循環をみんなでつくる」ということかもしれない。

日比谷音楽祭2025はまだまだ終わらない。U-NEXTでの見逃し配信、クラウドファンディングもある。一度きりの美しさもあるが、続いていくことで意味が生まれることもある。日比谷音楽祭は、前者の要素がありながら、続けることで生まれる可能性を信じ続けている音楽祭だ。参加した私たちが、それぞれの方法で音楽と関わり続けること。それが、誰かの素晴らしい音楽との出会いが生まれること、そして、日比谷音楽祭の来年の開催に、繋がっていくのだ。

文:柴田 真希(しばた まき)

1997年生まれ、水瓶座。インディペンデントなカルチャーを扱う『ANTENNA』、音楽業界情報サイト『Musicman』等で執筆した後、現在はカルチャーメディア『NiEW』編集部在籍。プレイパル企画として祖師ヶ谷大蔵の本屋『BOOKSHOPTRAVELLER』での一箱店主企画「あの人の本棚」や、ライブハウス等でのイベント企画も行う。twitter