Playback 日比谷音楽祭2021 - Report & Interview -

- Interview -

日比谷音楽祭2021を終えて
実行委員長 亀田誠治
オフィシャルインタビュー 

取材・構成 内田正樹(ライター・編集者)

――日比谷音楽祭2021は、2日間の公演から2週間後も新型コロナウイルスの感染者を出さず、無事に成功を収めました。今回はオフィシャルインタビューということでお話しをうかがいます。まずはあらためて今回の2日間を終えての感想をいただけますか?

無事の成功に安堵しています。様々な制約のなかで迎えた本番でしたが、オンラインとはいえ、バンドのみんなやアーティストの皆さんとステージに立ち、共に音楽を分かち合えたという喜びは、この上なく尊いものでした。しかも、それが視聴者数約15万人(総再生回数約51万7000回)というたくさんの方々に届いた。あたたかな後味のようなものを感じています。

――初回の日比谷音楽祭は2019年でした。去年(2020年)に予定されていた2回目の開催はコロナ禍によって開催を断念。そこからさらに一年を掛けてのリベンジとなりました。公式YouTubeチャンネルをはじめとするSNSからの企画やインフォメーションの発信、クラウドファンディング、いきものがかりとのリモートによる作業を重ねての楽曲制作「今日から、ここから」など、初回の2019年から実質的に一年延びた助走期間を有意義に活用してこられたように映りました。

大小様々な試みがありました。いずれも、結果はプラスに作用してくれたと思います。

――実行委員長である亀田さん自身、ポジティブな意味でもネガティブな意味でも、メンタル/スキル共に相当鍛えられた一年だったことと察します。

実際、かなり鍛えられました。目茶苦茶強くなりましたよ。もちろん不安もたくさん付きまといました。常に海外の状況も勉強しながら、銀河を見て森を見るみたいな視野で大局を見ていかなければならなかったので、緊張が途切れるタイミングなど無かった。ただね、僕、お陰様でこの関連で公演の前も後も事前も様々なインタビューを受けたんですが、その度にインタビュアーのみなさんから「配信に切り替わったことで、凄く落ち込んでいるんじゃないか?」と心配していただいてね。

――ああ、それはよく分かります(苦笑)。

でも僕はいたってポジティブでした。僕らは1年前からいろいろな状況を想定して話し合い、準備をしてきたし、オンライン生配信オンリーという選択も、音楽業界のトップランナーたちが集まって、ハートとスキルの両方を注ぎ込んで成功させるための道が絞れたというだけの話でした。むしろプラスに捉えていたので、迷いもブレも落ち込むことも全くありませんでした。リアルと配信のハイブリッドではなく無観客オンラインに絞ったことでチームとアーティスト全員で一つのゴールに向かって走れたという捉え方ですし、実際、大きな収穫でした。そもそもコロナ禍前の通常のライブやフェスでも、予定していたプランが公演2週間前から直前までにどんどん覆っていくなんて、なかなか有り得ない事態じゃないですか。

――そうですね。

でも今回はコロナ禍のなかでそれを乗り越えた。この未曾有の経験と実績とクオリティは、これからまだまだ何が待っているのか分からない状況下におけるエンターテイメント業界にとって必ずプラスとなるケーススタディとなったという自負もあります。だからといってコロナに打ち勝った云々なんて言う気はさらさら無いけど、一歩ずつ着実なやり方でライブ環境を整備していけば、様々なスタイルでみなさんに音楽を届けることが出来るという手応えは得られました。事務局スタッフのみんなが、優れた自己検証機能を持っていてくれた点も心強かったです。各々が常に「この選択は日比谷音楽祭としてブレていないか?」と原点に立ち返る確認を繰り返した。甘い言葉や形だけの大義名分に動じることのないチームを確立することが出来たと思います。自分たちで自分たちを守りながら社会に貢献していく最良の形も模索する。そしてアーティストとお客様の笑顔を一つでも多く得るために、無観客配信はベストな選択だったと思います。

――今回の開催をオンライン生配信のみに絞った経緯については?

大きくは二つの理由がありました。実は僕らは有観客の場合の万全のプロットも用意していました。どういう流れでお客さんに入退場してもらうかも含めて、東京都をはじめ各方面からお墨付きをもらった明確かつ厳格なプランがあったんです。しかし、緊急事態宣言の延長によって、有観客でできる可能性があるのは野音のみになった。この音楽祭のそもそもの出自、つまり、僕にとってひとつの指針でもあるアメリカ・ニューヨークのセントラルパークで夏の間に数か月に渡って行われてきた『サマーステージ』というフリーライブのように、日比谷公園を癒しの場と捉えている人も、パブリックな場と捉えている人も、全ての人がふらっと立ち寄れるフェスという精神性に、どうしても歪みが生まれてしまう。僕のなかでそこに僅かでも違和感が拭えないのであれば、いっそ無観客にしようと僕自身が判断を下しました。

――なるほど。確かにこの日比谷音楽祭は亀田さんが精神的支柱なわけで、その亀田さんがしっくりとこない事がある以上は前に進まないし、進むべきではないのでしょうね。もう一つの理由は?

アーティスト・メンタリティですね。今回、参加を決めてくれたアーティストも、どこか頭の片隅で、「いまライブをやって大丈夫だろうか?」という一抹の不安を抱えていたことでしょう。実際、DREAMS COME TRUEの出演辞退もありました。そうした各アーティストのメンタリティや不安までをきちんと受け止めて、コロナ禍でのライブの在り方を提示しなければならないと思いました。もちろんオーディエンスお一人お一人の視点も含めて、相互的な視点からの判断でした。

――アーティスト・メンタリティという言葉は、他のメディア取材でも語られていた「ソーシャル・ディスタンスよりも厄介なのはマインド・ディスタンス」という発言と共に印象的でした。

そうした点が気になる大きな要因の一つは、僕自身が主催者であると同時にステージにも立つプレイヤーであるという点が大きいですね。現場のスタッフの声もスポンサーの声もアーティストの声も全て耳に入ってきますから。去年はあの当時のムードにおける緊急事態宣言下だったので中止一択でしたが、今年に関しては実行委員会のなかでも様々な意見が出ました。周囲の関係者からも、「今年はやろう、やることに意義がある」という声が上がる一方で、「でも亀田さん、無理はしないでね?」という心配もセットで付いてくる。その中で様々な温度を嗅ぎ取りつつ、Webで発信する文言のひと言から感染対策に至るまで、極めて繊細かつストイックに向き合ったつもりです。

――僕も日比谷公園のみでしたが実際に会場を2日間とも訪れました。取材関係者も自分を含めて本当にごく僅かな数人のみ。スタッフや関係者のPCR検査及び簡易抗原検査についてもきちんと行われていました。

僕の中で一つの決定的な指針となったのは、井上芳雄さんらが活躍するミュージカルの現場では、全スタッフと出演者がPCR検査を受け、受けていない人はエリアに立ち入ることができないという徹底ぶりを聞いたことでした。僕もこの基準をマストとしました。経費の心配も生じましたが、なんとかやりくりして、とにかく検査、検査、検査。もうスクリーニングの繰り返ししか有効な手がないと割り切りました。

――実際、感染もしくは濃厚接触者との判断から残念ながら止む無くキャンセルとなった出演者の方もいらっしゃいましたが、それも関係者各位の配慮や意識の表れであり、徹底したスクリーニングの結果だったとも捉えられるのかと。

今回の経験から、僕自身、音楽祭が終わった後も感染対策や濃厚接触の基準について、より細やかな意識になりました。どの専門家の方が何を言った云々というよりも、幾つかのレギュレーションがある限り、その全てに対して応えていく他に道はないというのが実感です。日比谷音楽祭を応援してくれている鹿野淳さん(※VIVA LA ROCK オーガナイザー)や中西健夫さん(※株式会社ディスクガレージ取締役会長。一般社団法人コンサートプロモーターズ協会会長)とも緊密に連絡を取り合いながら、どの方向に向けて舵を切ればいいのかを日々考え続けました。

――2回目の開催ということもあって、多くの出演アーティストのMCからも、日比谷音楽祭という場そのものを楽しみにしていたという温度が感じられました。

そこは本当にうれしかったですね。象徴的な一例としてお話しするなら桜井和寿くん。彼には去年もお声掛けをしていたのですが、中止のために出演していただくことが叶わなかった。そして2021年になり、彼の方から「今年、何やりましょうか?」と問い掛けてくれました。もちろん桜井くんだけではなく、他にも「待ち侘びていました」と言ってくれたアーティストが本当にたくさんいてくれました。日比谷音楽祭の応援の輪がどんどん大きくなっていることに感謝と喜びを噛み締めました。

――U-NEXTを通じて、3チャンネルを設けてのオンライン配信でした。テクニカル面でのエピソードがあればお聞かせいただけますか?

実は当日のクオリティを確信するに至った一つのファクターとして、今年の3月11日に出演した「音楽の日」(※TBS系で全国放送された音楽特番)がありました。あの日、僕は仙台からBank Bandの一員として無観客演奏に臨んだのですが、この日の音響環境※を体験して、「これは無観客でも行けるぞ」と感じることが出来た。とかく「どうしても配信は音が」とか「無観客だとライブならではの空気感を届けられない」と言われがちですが、このクオリティなら、そこを超えられると確信しました。その上で、野音にも関わらず、僕からスタッフに「会場の音漏れを可能な限りゼロに近づけたい。何なら(会場で聴こえる音は)無音でライブは出来ないものか?」と無茶なリクエストを出しました。音漏れによって人が集まってしまうと無観客の努力が水の泡となってしまうので。音響のプロに対して、ある意味とても失礼なリクエストなのですが、皆さん全力で向き合ってくださいました。

※ 通常のテレビ用の音響スキームではなく、日比谷音楽祭2021のコンサート音響(※YAONステージ)を手掛けたサウンドデザイナー・志村明氏がリハーサル段階からミキシングを行い、奥行きとライブ感に溢れた音質による中継を届けることができた。

――実際、とてもハイクオリティなライブ配信だと思いました。

プロ中のプロの皆さんのお陰で非常に良い音像を実現させることが出来ました。そして今回、ライブとはたとえ無観客であっても会場の音が全くの無音では成立しないのだという事実をあらためて学びました。

――と、いうと?

僕は正直、ライブって対外的なアウトプットが無音でも何とか成立するものなんじゃないかと踏んでいたんです。つまりそれほど音漏れ対策に配慮していたということなんですが、しかしそれはとんでもない勘違いだった。ライブというのは照明や音響、楽器周りも含めて、様々なスタッフが会場で同じ音を聴くことによって、きっかけを掴み、タイミングを合わせ、士気を高めていくことで初めて進行が可能となる。仮にアンプから音を出さずイヤモニだけで進めようとしても、全くの無音というのはそもそも進行的に不可能なんですね。チームを一つにするためには最低でも一定量の音を出す必要がある。言われてみれば確かにそうだなあと。自分もプロのはずなのに認識が甘かった(苦笑)。

――個人的にはカメラ割もスムーズだと感じられましたし、生配信映像もほとんどストレス無く楽しめました。

配信周りにはアリーナ/スタジアムクラスを熟知したスタッフが集まってくれました。肝心のアウトプットでつまずくとどうしようもない。ここでもスタッフの高いクオリティに助けられました。彼ら側も、この一年での配信ライブの経験値、つまりどんな場面でアーティストに負荷がかかり、どんなことが起こると視聴者に負荷がかかるのかを熟知されていましたね。一年前だったら到達しなかったクオリティだったのかもしれませんね。

――ライブのアーカイブを期間限定という形でも残さなかった理由は?

一番の理由は、せっかくオンライン生配信に特化したのであれば、アーティスト各々の“一発勝負”感も有効に生かそうという意図からでした。緊張感が大きく違ってきますから。

――クラウドファンディングについては?

日比谷音楽祭が皆さんの応援で成り立っているという点を、明確な結果として感じてもらえる大変有意義な結果を生み出せたと思います。最初のゴールだった500万円を早期に達成して、セカンドゴールの1000万円についても当日の配信を観た方からも多くの御賛同を頂き、本番翌日に達成しました(※達成金額11,777,000円)。野音のチケットというリターン(返礼品)を設定しない状況で1280人もの方々から賛同が得られたことは本当にうれしかったし、今後に繋がる大きな自信に繋がりました。やはり寄付や支援で成り立っているニューヨークの「サマーステージ」の背中が少しだけ見えてきました。今後も支援してくれる方が増えて下さるよう、魅力に溢れる音楽祭にしていかなければと気を引き締めています。

――これは個人的な意見ですが、トークや講義といったワークショップも非常に興味深いコンテンツが多いので、それらのアーカイブからライブラリーが形成されるような可能性も期待します。

ありがとうございます。将来的にはそうしたアプローチを検討する機会や時期もやって来るかもしれませんね。

――では最後に、今後の日比谷音楽祭に向けての思いをお聞かせ下さい。

コロナ情勢を見ながら、感染対策のこともずっと考えてきて、あまりに覚醒した精神状態で一年を過ごしてきたので、時々、他の現場での対策を見ていると、「それでいいのかな!?」と思ってしまう場面もあります。でも、あまり覚醒したままだと、スムーズに進まない事柄も生まれてしまうので、今は少しずつ自分をカームダウンさせています。とは言え、今回を通して学んだ感染対策や社会に対しての意識は大きな学びとなりました。次回までにコロナがゼロになっているという保証も全く無いし、自分のなかで引いたジャッジのラインを下げる理由もありません――次回へのカウントダウンは今回が終わった瞬間からすでに自分の中で始まっています。捕らわれているわけでも憑依されているわけでもなく、もはや自分自身と日比谷音楽祭がフラットに一体化しているような感覚です。次回までの時間の全亀田を投入するべく、これまでに僕が出会った方々と、これから出会っていく全ての方々を巻き込んでいくようなイメージで一日一日を大切に過ごしていこうと思います。次回の開催を然るべきタイミングで皆さんにインフォメーション出来るように頑張ります。皆さん、これからもぜひ応援してください。よろしくお願いします。

内田正樹(ライター・編集者)
Profile:うちだ まさき。元・雑誌SWITCH編集長。2011年よりフリーランス。音楽・映画・演劇・ファッションなど様々な分野において数々のインタビュー、編集、媒体への寄稿などで活躍中。東京事変の取材を通して亀田と出会い、2013年に亀田が主催したライブイベント「亀の恩返し」ではパンフレット編集を担当。日比谷音楽祭2019では総論を寄稿した。

  • オンラインでも“日比谷音楽祭らしさ”が貫かれた2日間
    〜日比谷音楽祭2021に寄せて〜
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