Playback 日比谷音楽祭2022

- Report -

未来に向けたはじめの一歩を刻んだ日
Friday Night Acoustic /
6月3日(金) YAONステージ(日比谷公園大音楽堂)

谷岡正浩(編集者・ライター)

3年ぶりに『日比谷音楽祭』にオーディエンスの姿が戻ってきた。さっきまで街を濡らしていた雨が上がり、刻一刻と夕闇が近づいていく。都会の中にあって時間の変化を音楽と共に感じられるのが『日比谷音楽祭』の特徴のひとつだ。YAONステージとなっている日比谷公園大音楽堂の席に座り、そうした確かな移ろいを体感しているだけですでにこのイベントが始まっているのがわかる。日比谷公園を囲む企業や官公庁のビルに灯る明かり、街の雑踏と人々のざわめき、木々が風と戯れる音……すべてが『日比谷音楽祭』を構成する重要な一部だ。

今回、平日である金曜日からスタートしたのにはわけがある。都会のど真ん中に位置する野音では、通常平日のコンサートは行われていない。そのため利用できるのが土日祝だけになり、予約の抽選には毎度相当な数の応募がある激戦区として関係者の間では知られている。ロケーションやアクセスの良さに加え、これまで数々のレジェンドと呼ばれるアーティストたちが伝説を残してきた場所である野音でライブをやることは、ひとつの通過儀礼のようにもなっていて、アーティストにとって憧れのステージだ。しかし、特にキャリアのまだない若手アーティストにとっては、やりたくてもできない高嶺の花のような存在になっていることも否めない。

そこで企画されたのが、「Friday Night Acoustic」。予め設定された上限の音量を超えないようにアコースティックな編成によるアンサンブルでライブを楽しみ、将来の野音の平日利用に向けて必要なデータを集めようというもの。オーディエンスの拍手や手拍子もライブ由来の音として含まれるので、それらも控えながら音楽を楽しむ、これはアーティストとスタッフ、オーディエンスが一体となって未来の野音をつくっていくための第一歩だ。

ウェルカムMCを務めたのは、お笑いコンビ・DJダイノジ。随所にボケとツッコミを交えながら、どれくらいの音量なら大丈夫なのか?という体感値をオーディエンスと共に測っていく。実証実験をしながらも会場を温めるという新しいスタイルの前説に続き登場したのは、奇妙礼太郎。4月にリリースしたばかりのアルバム『たまらない予感』に収録されている「竜の落とし子」を弾き語り、翌日からこの場所で繰り広げられる“Hibiya Dream Session”のハウスバンド・The Music Park Orchestraのメンバーでもある四家卯大のチェロと共に表現し、森の中の空間を豊潤な海に変えてみせた。

亀田誠治(Ba)を中心に、河村“カースケ”智康(Dr)、皆川真人(Key)からなる、その名もThe Music Park Trioが加わり、さらに亀田がReiを呼び込む。これまでもさまざまなアーティストのコラボレーションを生み出してきた『日比谷音楽祭』。早速実現した奇妙とReiのコラボによる「オー・シャンゼリゼ」がマジックアワーに染まった空に溶けていく。曲間のReiによるギターソロに続いて、奇妙が「オー・シャンゼリゼ」のバッキングのまま「幸せなら手をたたこう」をアドリヴで入れ、それに即座にオーディエンスが手拍子で応える。
「歴史的な歌が今日生まれたなぁ」と亀田が言えば、「皆さんが音楽に吸い寄せられる光景が目に浮かびました」とReiが応えた。

奇妙を送り出したあと、亀田のウッドベースにバンドが合わさり、ノリのいいサウンドが会場を駆け巡る。Reiの「BLACK BANANA」だ。ブルース、ロック、ソウルといったルーツミュージックをハイブリッドしたサウンドはタイトル通り見たことあるけど見たことのないもの。各プレイヤーのソロ回しなど、音楽の自由さを存分に楽しめるステージだった。

自らを鼓舞するようなコーラスから入る「HIGH FIVE」で会場との一体感をさらに上げたのは高橋優。自然に沸き起こる手拍子にぐいぐいと背中を押されるような感覚がたまらない。曲終わり、思わず高橋も「ナイス手拍子!」とオーディエンスに向かって言った。次に披露したのは、この日比谷音楽祭の実行委員長でもある亀田たってのリクエストで「福笑い」。〈きっと此の世界の共通言語は 英語じゃなくて笑顔だと思う〉と歌詞にもあるとおり、“ボーダーレス”をコンセプトに掲げる『日比谷音楽祭』にこれほどぴったりとくる曲もないだろう。

「野音の夕暮れから夜になる感じが本当に愛おしくて。この光景をできるだけたくさんの人たちに届けたい」と語った亀田の言葉がそのまま次に登場したTOSHI-LOWの披露したBRAHMANのナンバー「鼎の問」の歌詞に重なってグッときた。バックはチェロとエレピのみというシンプルさがかえってTOSHI-LOWから放たれる言葉を際立たせていた。音楽にできること、音楽が伝えなければいけないことはまだまだある。

出演したミュージシャンを全員呼び込んで最後に披露したのはOAUの「世界は変わる」。
「最初の緊急事態宣言下でバンドメンバーが一人ひとり、勝手にスタジオに入って録ったんですけど、なんとなくその先の世界が見えていて。どんな世界になってもライブはやれる。時代や世界を変えるのは怒りなんじゃなくて愛なんじゃないのかなと思って作った歌です」(TOSHI-LOW)

奇妙礼太郎、Rei、高橋優、TOSHI-LOW、The Music Park Trioにチェロの四家卯大、そしてオーディエンスが加わり全員で音楽を紡いでいくことのこれ以上ない確かさと幸せを感じられた。音量規制という制約はあった。しかし、そこに音楽が何もないゼロでは何かは始まらない。「どんな世界でもライブはやれる」――忘れがたい一歩となった。
最後はこの日が誕生日の亀田実行委員長にサプライズでお祝いして「Friday Night Acoustic」を終えた。

Friday Night Acoustic の見逃し配信は、6月17日(金)~6月26日(日)の間、U-NEXTにてご視聴いただけます。
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